ハイブリッド勤務は生産性を下げる?
1,612人のランダム化実験を検証

「家の方が集中できる。通勤もないから仕事が進む」
「でも、見えない場所で本当に生産性を保てるの?」
「在宅勤務を選ぶと、評価や昇進で不利にならないだろうか」

ハイブリッド勤務の話になると、働く人の体験と管理する人の不安がぶつかりやすくなります。在宅の日は集中できる人もいれば、相談しにくくなる人もいます。管理職から見れば、席にいない人の仕事ぶりは把握しづらく感じるかもしれません。

個人の感想だけを並べても、結論は出ません。では、似た仕事をする人を無作為に分け、出社5日とハイブリッド勤務を比べたらどうなるのでしょうか。

先に結論

Natureに掲載された1,612人のランダム化比較試験では、週2日在宅を選べるハイブリッド勤務による業績評価・昇進・コード量の悪化は確認されませんでした。一方、離職率は7.2%から4.8%へ下がり、仕事満足度は7.84から8.19へ上がりました。ただし、これは「どんな仕事でも在宅にすれば成功する」という証明ではありません。

業績評価悪化なし開始後2年間・4回の評価
昇進率差の証拠なしすべての時期で同等の証明ではない
離職率7.2% → 4.8%2.4ポイント、相対33%減
仕事満足度7.84 → 8.190〜10点尺度

中心資料は、Bloom・Han・Liangが2024年にNatureで公表した査読済み論文です。研究データと再現コードもHarvard Dataverseで公開されています。

1,612人をどう分けた実験なのか

実験は2021年8月から2022年1月までの約6か月、上海の大手旅行テクノロジー企業Trip.comで行われました。対象は航空券部門とIT部門のエンジニア、マーケティング、財務などの大卒社員1,612人です。

対象 1,612人 管理職395人・非管理職1,217人
対照群・820人

週5日オフィス

従来どおり、月曜から金曜まで出社。

処置群・792人

最大週2日在宅

水曜・金曜は在宅を選べ、残り3日は出社。

処置群は、誕生日の日付が奇数の社員です。偶数日の社員が対照群になりました。希望者だけを比べると、元々仕事ができる人や在宅に向く人が処置群へ偏る可能性があります。誕生日で割り付けたことで、この偏りを小さくしています。

「必ず週2日在宅」ではなく、「水曜・金曜に選べる」制度

在宅勤務は義務ではありません。実際の利用率は、先に希望した人で約55%、それ以外で約40%でした。多くの社員は金曜を中心に週1日程度利用しています。したがって、この研究は週2日を必ず在宅にする効果より、最大週2日の選択肢を持つ効果に近い検証です。

「生産性」を一つの数字にしなかったことが、この研究の強み

生産性という言葉は、使う人によって意味が変わります。作業量だけを見るのか、品質も含めるのか。短期の成果を見るのか、長期の育成や定着まで含めるのか。研究チームは、複数の指標を分けて確認しました。

指標何を測ったか期間・対象結果の読み方
業績評価上司・同僚・部下・顧客等を含む正式評価半年ごと4回、最長2年実務上意味のある悪化なし
昇進各半年の昇進率最長2年差を示す証拠なし
コード量1日あたりに提出したコード行数エンジニア653人・95,494人日10%規模の差はないと判断
評価の内訳革新、リーダーシップ、実行等9分類半年ごと4回いずれも差の証拠なし
定着・満足退職、仕事満足度、退職意向等実験期間と終了時調査離職減・満足度向上
「有意差がない」と「同じと確かめた」は違う

通常の検定で差が出なかっただけでは、データが足りない可能性も残ります。この研究は業績評価とコード量について、あらかじめ「これ以上なら実務上意味がある」とする幅を置いた同等性検定も行いました。業績評価は等級0.5、コード量は対照群平均の10%を境界にし、それを超える差ではないと判断しています。

結果1:業績評価は2年間下がらなかった

開始後の業績評価は、2021年後半から2023年前半まで半年ごとに4回追跡されました。どの時期も、ハイブリッド群と出社群の評価に有意な差はありませんでした。同等性検定でも、実務上意味があると決めた幅を超える悪化・改善はないと判断されています。

2021年後半差なし1,507人
2022年前半差なし1,355人
2022年後半差なし1,301人
2023年前半差なし1,254人

昇進率にも、処置群と対照群の差を示す証拠はありませんでした。ただし、昇進の同等性検定は4期間すべてで成立したわけではありません。そのため、ここは「昇進への影響がゼロと証明された」ではなく、2年間のデータで不利になった証拠は見つからなかったと読むのが正確です。

古い要約の「コード量8%増」より、最終Nature版を優先する

2022年のワーキングペーパー紹介には「コード量8%増」という記述が残っています。しかし、2024年の査読済みNature論文は、653人・95,494人日のデータと同等性検定からコード量への影響は実質的にゼロと結論づけています。この記事では最終公表版を基準にします。

結果2:離職率は7.2%から4.8%へ下がった

最も大きな違いは、生産量ではなく人が残るかどうかでした。実験期間中の離職率は、出社群7.2%、ハイブリッド群4.8%です。

週5日出社7.2%
ハイブリッド4.8%

2.4ポイント減。7.2%を基準にすると、相対的には33%減です。

効果は特に非管理職、女性、通勤時間が長い人で大きく見られました。たとえば女性の離職率は9.2%から4.2%へ低下しています。ただし、性別や通勤時間による分割分析は人数が小さくなります。すべての会社で同じ割合になると予測する数字ではありません。

33%減は「33ポイント減」ではない

7.2%から4.8%なので、差は2.4ポイントです。元の7.2%に対して2.4ポイント下がった割合が約33%です。大きな効果ですが、表現を混ぜると実態以上に見えるため分けて読みましょう。

結果3:仕事満足度が上がり、管理職の見方も変わった

終了時調査の仕事満足度は、0〜10点で出社群7.84、ハイブリッド群8.19でした。差は0.35点です。ワークライフバランス、生活満足度、友人への推奨も高く、退職意向は低い結果でした。

週5日出社7.84/ 10点
ハイブリッド8.19/ 10点

実験前、395人の管理職はハイブリッド勤務で生産性が平均2.6%下がると予想していました。実験後の平均予想は1.0%向上へ変化しています。

実験前−2.6%生産性が下がる予想
実験後+1.0%わずかに上がる予想

ただし、この変化は処置群だけに起きたわけではありません。出社群でも見方が改善しており、同僚の働き方を近くで見たことや、社会全体の認識変化も含まれます。「ハイブリッド勤務を体験したから管理職の評価が3.6ポイント上がった」という単純な因果効果ではありません。

日本の「在宅勤務は約20%低い」という研究と矛盾するのか

日本のデータを見ると、違う結論もあります。一橋大学・森川正之氏の2020〜2022年パネル研究では、2022年末時点でも在宅時の主観的生産性が職場より平均約20%低いと報告されました。

両方の研究が正しいとすれば、何が違うのでしょうか。

比較点Trip.comのRCT日本のパネル研究
導入の状況会社が計画した6か月実験コロナ危機以降の在宅勤務
対象大卒のIT・マーケ・財務等幅広い労働者
働き方週3日出社、最大週2日在宅頻度・会社・環境が多様
測定評価・昇進・コード・退職等本人が評価した在宅時の生産性
比較方法無作為割り付け同じ人を追うパネル調査

さらに、RIETIが大手製造業4社・22,815人を分析した研究では、緊急事態宣言下の在宅勤務で生産性低下が見られましたが、主な関連要因は整っていない自宅環境、コミュニケーション不足、必要情報や社内設備へアクセスできないことでした。

違いは「在宅か出社か」だけではなく、仕事をどう設計したか

計画的に対象業務を選び、共通の出社日を置き、デジタルで成果を測れる会社と、準備不足のまま幅広い仕事を在宅へ移した会社では、同じ結果にならなくても不思議ではありません。勤務場所より、情報・設備・評価・連携の設計が結果を分けるという読み方が現実的です。

この研究だけでは言えない6つのこと

01

すべての職種に有効

現場作業、接客、医療など、場所に依存する仕事は対象外です。

02

新人にも同じ

インターンと試用期間中の新人は、対面学習が重要として除外されました。

03

フルリモートも同じ

週3日出社の研究であり、完全在宅の効果は分かりません。

04

週2日が唯一の正解

実際の利用は週1日程度が多く、他の日数との比較ではありません。

05

どの会社でも離職33%減

中国の大手テクノロジー企業1社で得られた推定値です。

06

コード量=仕事の価値

行数は一つの活動指標で、品質や顧客価値を完全には表しません。

実験対象は全員が大卒で、平均は30代半ば、約半数が技術職でした。オフィスも自宅も比較的デジタル業務へ対応しやすい環境です。したがって、研究が強く答えているのは「この条件に近い知識労働で、最大週2日在宅の選択肢を与えると何が起きるか」です。

ハイブリッド勤務を成功させる条件を、研究から逆算する

次の項目は、研究がすべてを直接比較した結果ではなく、Trip.comの制度設計と日本研究で見つかった阻害要因から導く実務上の推論です。

  1. チームで出社日を合わせる:会議・育成・相談は集まりやすい日に寄せ、在宅日は集中作業に使う。
  2. オンライン時間ではなく成果で見る:席にいるかではなく、品質、納期、顧客価値、チームへの貢献を評価する。
  3. 情報を人ではなく場所に残す:口頭だけで決めず、決定、背景、担当、期限を共有文書へ残す。
  4. 新人と経験者を同じ運用にしない:入社直後は対面の学習密度を高め、独力で進められる範囲に合わせて在宅日を増やす。
  5. 使うと不利になる空気を消す:制度があっても、評価を心配して使えなければ選択肢として機能しない。
  6. 自宅環境とアクセスを整える:モニター、椅子、通信、社内システム、専用機器への代替手段を用意する。
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転職先の「ハイブリッド可」は、日数だけで判断しない

求人票に「リモート可」「週2日在宅」と書かれていても、実際に安心して使えるとは限りません。配属先、繁忙期、入社直後、管理職の方針で運用が変わることがあります。

応募前・面接で確認する7項目

  • 制度上の日数ではなく、配属チームの平均的な利用日数
  • 出社日はチームで合わせるのか、各自が自由に決めるのか
  • 入社後いつから在宅勤務を利用できるのか
  • 在宅日に向く仕事と、出社日に行う仕事を分けているか
  • 評価で重視する成果と、進捗を共有する方法
  • モニター・通信・椅子などの補助制度
  • 過去に出社日数が変わったか、変更時にどう説明されたか

口コミも事実の保証ではありませんが、制度と実態の差を探す手掛かりにはなります。「週何日」という数字だけでなく、評価、会議、相談、残業、制度変更について複数の投稿を見比べ、面接で確かめる質問を作ると有用です。

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結論:ハイブリッド勤務は「場所」より「設計」で結果が変わる

1,612人のランダム化実験が示したのは、週3日出社しながら最大週2日在宅を選べる制度なら、業績評価やコード量を落とさず、離職を減らせる可能性です。出社を減らせば自動的に生産性が上がるという話でも、在宅では人が働かなくなるという話でもありません。

この記事の結論

ハイブリッド勤務は、生産性を下げる働き方ではなく、設計次第で成果を保ちながら人が残りやすくなる働き方です。ただし、共通の出社日、成果で見る評価、情報アクセス、新人育成、自宅環境が欠ければ、同じ「週2日在宅」でも別の制度になります。勤務日数より先に、その条件を見てください。

よくある質問

ハイブリッド勤務で生産性は下がりますか?

Natureに掲載されたTrip.comの1,612人ランダム化比較試験では、週2日在宅を選べるハイブリッド勤務によって、業績評価とコード量が実務上意味のある幅で悪化したとは認められませんでした。ただし、中国の大手テクノロジー企業1社の結果であり、あらゆる職種や制度へそのまま一般化はできません。

ハイブリッド勤務は週何日が最も生産的ですか?

この研究が検証したのは、水曜・金曜の最大週2日在宅、残り3日出社という制度です。参加者の実際の在宅利用は週1日程度が多く、週2日がすべての会社にとって最適だと証明した研究ではありません。仕事内容、育成、設備、チームの出社日を含めて決める必要があります。

フルリモートでも同じ結果になりますか?

分かりません。この実験は週3日出社するハイブリッド勤務を対象としており、週1日以下しか出社しない働き方や完全在宅は検証していません。研究者も、研修、イノベーション、組織文化の課題から、より遠隔度の高い制度へ結果を拡張できるかは不明としています。

在宅勤務だと昇進に不利になりますか?

Trip.comの実験では、開始後2年間の昇進率に処置群と対照群の差を示す証拠はありませんでした。ただし、すべての評価期間で昇進率が実質的に同等だと証明できたわけではないため、在宅勤務なら昇進に絶対不利にならないとまでは言えません。評価基準と情報共有の設計が重要です。

日本企業にもこの研究結果は当てはまりますか?

一部は参考になりますが、そのまま当てはまるとは限りません。日本のコロナ禍の調査では、自宅設備、情報アクセス、コミュニケーション不足が生産性低下と関係していました。計画的な制度か、緊急導入か、対象職種、評価指標、デジタル環境が違えば結果も変わります。

ハイブリッド勤務の求人では何を確認すべきですか?

在宅可能日数だけでなく、実際の利用率、チームで出社日を合わせるか、入社直後の扱い、評価基準、会議と個人作業の分け方、在宅設備の補助、制度変更の実績を確認してください。制度があることと、安心して使えることは別です。

研究資料と、読み方の注意

Nature掲載RCT

対象:Trip.comの大卒社員1,612人。エンジニア、マーケティング、財務等。管理職395人、非管理職1,217人。

設計:誕生日の奇数・偶数で、最大週2日在宅を選べる群と週5日出社群へ割り付け。実験約6か月、評価・昇進は最長2年追跡。

注意:1社の知識労働が中心。新人、インターン、完全在宅は対象外。実際の在宅利用は週1日程度が多い。

日本のパネル研究

対象:2020〜2022年の日本の雇用者パネル。

結果:2022年末の在宅時の主観的生産性は、平均で職場より約20%低い。継続者の生産性は80%台半ば。

注意:無作為割り付けではなく、本人が評価した生産性。会社・職種・在宅頻度・環境が多様。

RIETI・製造業4社調査

対象:2020年の大手製造業4社、22,815人。

結果:緊急導入期に在宅群の主観的生産性が低下。自宅環境、コミュニケーション、情報・設備アクセスが主な阻害要因。

注意:コロナ緊急事態宣言下の観察研究であり、計画的な平時のハイブリッドRCTとは条件が違う。

はっさく太郎

この記事を書いた人:はっさく太郎

「まいんでぃあ」企画・運営責任者。人材紹介の現場で企業と求職者の双方に接し、制度名だけでは分からない職場環境の違いに向き合ってきた。研究結果を万能な正解にせず、読者が自分に必要な働く条件を考える材料として届けている。